名古屋高等裁判所 昭和45年(ネ)393号 判決 1977年5月18日
控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。) 合資会社桶佐商店
右代表者清算人 山田武雄
控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。) 酒井とし子
右控訴人両名訴訟代理人弁護士 原山剛三
控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。) 田中鎮明
被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。) 奥田やよ
右訴訟代理人弁護士 大脇保彦
同 太田耕治
主文
一 控訴人三名の本件控訴をいずれも棄却する。
二 原判決をつぎのとおり変更する。
(1) 被控訴人の二次的請求に基づき、控訴人合資会社桶佐商店は、被控訴人に対し、別紙第二目録記載、(一)(二)、第三ないし第五及び第八目録記載の建物(別紙図面二の(1)(2)、三ないし五及び八の建物)を収去し、同第二目録記載の土地(別紙図面(マ)(ケ)(ク)(フ)(マ)の各点を直線で結んで囲む部分)を明け渡せ。
(2) 被控訴人の一次的請求に基づき、控訴人田中鎮明は、被控訴人に対し別紙第二目録記載(一)の建物から退去し、第三ないし第七目録記載の建物(別紙図面六及び七の建物)を収去して、同第一目録記載の土地中同第二目録記載の(一)、第三ないし第七目録記載の建物の敷地部分を明け渡せ。
(3) 被控訴人の二次的請求に基づき、控訴人酒井とし子は、被控訴人に対し、別紙第二目録記載の(二)及び第八目録記載の建物から退去し、同第一目録記載の土地中同第二目録記載の(二)及び第八目録記載の建物の敷地部分を明け渡せ。
三 訴訟費用(控訴費用、附帯控訴費用を含む。)は、第一、二審とも、控訴人三名の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 被控訴人は、当審において、損害金請求部分の訴を取り下げ、附帯控訴として請求の一部を拡張して、つぎのとおり申し立てた。
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 一次的請求として、原判決をつぎのとおり変更する。
(イ) 控訴人合資会社桶佐商店は、被控訴人に対し、別紙第二目録記載(一)(二)の建物を収去して、別紙第一目録記載の土地を明け渡せ。
(ロ) 控訴人田中鎮明は、被控訴人に対し、別紙第三ないし第七目録記載の建物を収去し、同第二目録記載の(一)の建物から退去し、同第一目録記載土地中第二目録記載の(一)及び第三ないし第七目録記載の建物の敷地部分を明け渡せ。
(ハ) 控訴人酒井とし子は、被控訴人に対し、別紙第八目録記載の建物を収去し、同第二目録記載の(二)の建物から退去して、同第一目録記載土地中右第八目録記載及び第二目録記載の(二)の建物の敷地部分を明け渡せ。
(ニ) 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人三名の負担とする。
(3) 二次的請求として、原判決をつぎのとおり変更する。
(イ) 本判決主文第二項の(1)、(3)と同旨及び控訴人田中は、被控訴人に対し、別紙第二の(一)、同第三ないし第五の建物から退去し、同第六、第七の建物を収去し、同第一目録記載の土地中、右各建物の敷地部分を明け渡せ。
(ロ) 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人三名の負担とする。
二 控訴人合資会社桶佐商店、同酒井とし子は、被控訴人の損害金請求部分の取下げに同意すると述べた上、つぎのとおり申し立てた。
(1) 原判決中、同控訴人ら二名敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の同控訴人ら二名に対する一次、二次的請求及び附帯控訴を棄却する。
(3) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
三 控訴人田中鎮明は、つぎのとおり申し立てた。
(1) 原判決中、同控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の同控訴人に対する請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
第二請求原因
一 別紙第一目録記載の土地(別紙図面(マ)(ケ)(ク)(フ)(マ)の各点を直線で囲む部分。以下本件土地という。)は、被控訴人の所有に属する。
二(1) 控訴人合資会社桶佐商店(以下控訴会社という。)は、本件土地上に、別紙第二目録記載の建物(別紙図面二の(1)(2)の部分。以下本件二の(一)、(二)の建物という。)を所有し、かつ、本件土地全部を占有している。よって、被控訴人は、控訴会社に対し、本件土地の所有権に基づき、本件二の建物の収去、本件土地全部の明渡を求める。
(2) 控訴人田中は、本件二の(一)の建物を占有して、その敷地を占有し、また、本件土地上に別紙第三ないし第七目録記載の建物(別紙図面三ないし七の部分。以下本件三ないし七の建物という。)を所有して、占有している。よって、被控訴人は、控訴人田中に対し、本件土地の所有権に基づき、本件二の(一)の建物からの退去、本件三ないし七の建物の収去、本件土地中、本件二の(一)の建物及び本件三ないし七の建物の敷地部分(別紙図面各建物表示の部分)の明渡を求める。
(3) 控訴人酒井は、本件二の(二)の建物に居住し、また、本件土地上に、別紙第八目録記載の建物(別紙図面八の部分。以下本件八の建物という。)を所有し、かつ、これに居住し、本件土地中、右二の(二)の建物及び本件八の建物の敷地を占有している。よって、被控訴人は、控訴人酒井に対し、本件土地の所有権に基づき、本件二の(二)の建物からの退去、本件八の建物の収去、本件土地中、本件二の(二)の建物及び本件八の建物の敷地部分(別紙図面各建物表示の部分)の明渡を求める。
三(1) かりに、本件三ないし五の建物が控訴人田中の所有でなく、また、八の建物が控訴人酒井の所有でなく、いずれも、控訴会社の所有に属すると認められるときは、被控訴人は、控訴会社に対し、二次的に、前記二の(一)(二)の建物のほか、右三ないし五、八の建物の収去及び本件土地の明渡を求める。
(2) (1)に述べたところから、被控訴人は、控訴人田中に対し、二次的に、本件二の(一)の建物、本件三ないし五の建物からの退去、本件六、七の建物の収去、本件土地中、右各建物の敷地の明渡を求める。
(3) (1)に述べたところから、被控訴人は、控訴人酒井に対し、二次的に、本件二の(二)の建物及び本件八の建物からの退去、本件土地中、右各建物の敷地の明渡を求める。
第三請求原因に対する認否
一 控訴会社の認否
請求原因一の事実は認める。
同二の(1)の事実は認める。
同三の(1)の事実は認める。本件三ないし五の建物は昭和二六年頃、本件二の(一)の、また、本件八の建物は昭和二八年頃、本件二の(二)の各建物に増築されて、別紙図面の通り附合し、これにより控訴会社の所有に帰属したものである。
二 控訴人田中の認否
請求原因一の事実は認める。
同二の(2)の事実は認める。
その余の点についての認否はない。
三 控訴人酒井の認否
請求原因一の事実は認める。
同二の(3)の事実中、控訴人酒井が本件二の(二)の建物、本件八の建物に居住占有していることは認めるが、その余の事実は争う。本件八の建物は、控訴会社の所有に属し、控訴人酒井の所有ではない。本件八の建物は、昭和二八年頃本件二の(二)の建物に増築附合し、これにより控訴会社の所有になった。
請求原因三の(1)の事実は認める。
第四抗弁
一 控訴会社の抗弁
控訴会社は、昭和二四年八月頃被控訴人から本件土地を普通建物所有の目的で、期間の定めなく借り受け(昭和四二年一月当時賃料一月金三、三〇〇円)、これに基づき、本件土地を占有するものである。
しからずとしても、訴外山田秀雄が昭和二一年五月一日被控訴人から本件土地を普通建物所有の目的で賃借していたところ、昭和二四年八月控訴会社が設立され、それと同時に、控訴会社は、被控訴人の承諾を得て、山田から転貸を受け、これに基づき、本件土地を占有するものである。かりに、右転貸につき、被控訴人の承諾がないとしても、背信性がないから、被控訴人に対抗し得る。すなわち、山田は、個人経営で桶製造業をしていたが、昭和二四年頃同人とその血縁者を中心とする控訴会社を設立し、従前どおり営業を継続し、これに伴い、控訴会社に本件土地を転貸した。したがって、山田と控訴会社とは、その実質において同一視し得るから、この間の転貸は信頼関係を破壊するに足りる背信性がない。
二 控訴人田中の抗弁
控訴人田中の先代田中末吉は、控訴会社から、本件二の(一)の建物を賃借し、また、本件土地上に、本件三ないし七の建物を建築所有し、同時に、控訴会社から、その了解を得て、右敷地部分の再転貸を受けた。田中末吉は、昭和四四年一月一一日死亡し、控訴人田中が遺産相続して右賃借権を承継取得し、これに基づき、右敷地部分を占有するものである。
三 控訴人酒井の抗弁
(1) 控訴人酒井は、昭和二一年一二月頃控訴会社から本件二の(二)の建物を、期間の定めなく、賃料月額金一〇〇円(現在金二、五〇〇円)で賃借し、ついで、昭和二八年頃本件二の(二)の建物に接続して本件八の建物を増築し、八の建物は二の(二)の建物に附合し、この建物とともに、控訴会社の所有に帰属したが、これをも合わせて賃借している。そして、控訴会社が本件土地に借地権を有することは、前記第四の一控訴会社の抗弁で述べたとおりである。
(2) かりに、右附合が認められず、本件八の建物が控訴人酒井の所有に属し、したがって、八の建物の敷地利用が、被控訴人主張のとおり転貸になるとしても、被控訴人は、右転貸につき承諾しているし、承諾がなかったとしても、控訴人酒井は、その居住部分である本件二の(二)の建物が余りに狭かったので、本件八の建物を増築し、しかも、それはバラック程度の木造で、収去も容易であり、これらに照らして、末だ信頼関係を破壊するに足りる背信性はないから、承諾なくして対抗できる。
第五抗弁に対する認否
一 控訴会社の抗弁に対する認否
抗弁事実中、被控訴人が山田秀雄に控訴会社主張のとおり本件土地を賃貸したこと、控訴会社が山田から本件土地の転貸を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。被控訴人は、控訴会社に本件土地を賃貸したことはない。また、控訴会社が山田から本件土地の転貸を受けるにつき、被控訴人が承諾したこともない。
二 控訴人田中の抗弁に対する認否
抗弁事実中、田中末吉が本件土地に、本件三ないし七の建物を建築所有したこと、田中末吉が控訴人田中主張の年月日に死亡し、同控訴人が遺産相続したことは認めるが、その余の事実は争う。
三 控訴人酒井の抗弁に対する認否
抗弁(1)(2)の事実中、控訴人酒井が本件八の建物を建築したことは認めるが、その余の事実は争う。
第六再抗弁
被控訴人と山田秀雄との間の本件土地賃貸借については、(1)賃料毎月末日かぎり翌月分を被控訴人方に持参して支払う。(2)賃借権の無断譲渡、転貸をしてはならない。(3)右約定に違反するか、賃料の支払を一回でも怠ったときは、被控訴人において、何らの催告を要せず、契約を解除することができるとの約定がなされていた。しかるところ、山田秀雄は、昭和二三年か二四年頃被控訴人に無断で、控訴会社に本件土地を転貸し、ついで山田秀雄が死亡して、その妻山田雪子が遺産相続して賃貸人の地位を承継取得したが、同女が昭和二七年か二八年頃被控訴人に無断で、控訴人田中の先代田中末吉に本件三ないし七の建物の敷地を、また、控訴人酒井に本件八の建物の敷地を転貸し、田中が本件三ないし七の建物を、控訴人酒井が本件八の建物をそれぞれ建築所有した。また、山田雪子は、昭和四三年四月二日頃に、同年一月分までの賃料を弁済供託したが、同年二月分以降の賃料の支払をしない。そこで、被控訴人は、同年六月二七日山田雪子に対し、前記無断転貸及び同年二月分以降の賃料不払を理由に、本件賃貸借契約を解除するむねの意思表示をし、右は同年六月二八日同人に到達したから、これにより、同人との賃貸借契約は同日かぎり解除された。ゆえに、同人は本件土地に何らの占有権原も有せず、したがって、また、控訴人らも、何らの占有権原も有しない。
第七再抗弁に対する控訴人ら三名の認否
再抗弁事実中、田中末吉が本件三ないし七の建物を、控訴人酒井が本件八の建物を建てたことは認めるが(ただし、八の建物は、前記第四の三で述べたように、増築であって、本件二の建物に附合した。)、その余の事実は争う。
第八控訴会社及び控訴人酒井の再々抗弁
一 本件土地の賃料については、取立債務であったところ、被控訴人は控訴会社に取り立てに来なかったのであるから、賃料債務の不履行はない。
二 山田雪子は、昭和四〇年頃被控訴人から土地明渡の請求を受け、同年七月頃被控訴人に同月分を現実に提供したところ、その受領を拒絶されたので、昭和四一年二月一日に、昭和四〇年七月から昭和四一年一月までの七ヶ月分を弁済供託し、以後現在まで供託を続けている。また、山田から控訴会社への本件土地の転貸につき、被控訴人の承諾がなかったとしても、前記第四の一及び三の(2)で述べたように、信頼関係を破壊するような背信性がないから、右転貸による控訴会社の賃借権は、被控訴人に対抗し得る。ゆえに、被控訴人のした賃料不払、無断転貸を理由とする解除は、その効力を生じない。
三 被控訴人のした解除は、権利濫用であるから無効である。すなわち、右二で述べた事情のほか、被控訴人は、本件三ないし七及び本件八の建物が控訴人田中及び控訴人酒井により建築されたものであることを十分知りながら、一度も異議なくこれを黙認していた。右事実に照らし、被控訴人のした解除権の行使は、権利の濫用であるから、その効力を生じない。
第九再々抗弁に対する認否
再々抗弁事実は、すべて争う。
第一〇証拠関係《省略》
理由
第一 控訴会社に対する請求について。
一 本件土地が被控訴人の所有に属すること、控訴会社が本件土地上に本件二の(一)(二)の建物を所有し、かつ、本件土地全部を占有していることについては、被控訴人と控訴会社との間に争いがない。
二 よって、控訴会社の抗弁について判断する。
控訴会社は、被控訴人から、本件土地を賃借したと主張するが、これを肯認できる証拠はないから、この主張は理由がない。
控訴会社は、被控訴人から本件土地を賃借した山田秀雄から、被控訴人承諾のもとに転貸を受けたと主張する。山田が昭和二一年五月一日、被控訴人から、本件土地を普通建物所有の目的で賃借したこと、控訴会社が山田から転貸を受けたことについては、被控訴人と控訴会社との間に争いがない。しかし、右転貸につき、被控訴人の承諾を得たとの点について肯認できる証拠はないから、この主張も理由がない。
控訴会社は、右転貸について、背信性がないから、被控訴人の承諾がなくても、対抗し得ると主張する。《証拠省略》を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。すなわち、名古屋市中川区柳堀町一丁目六四番地の借家で、桶製造業を営んでいた山田秀雄は、昭和二一年、同町一丁目七〇番地に家屋を建築して、同所に移転し、同年五月一日被控訴人から本件土地を賃借し、昭和二二年本件土地の一部に本件二の(一)(二)の建物を建築し、その余の空地部分を桶板の乾燥場などとして使用し、同時に税金対策のため、従来の個人営業を合資会社組織とすることとし、同年中、山田秀雄自身無限責任社員となり(出資金五万円)、同人の弟山田武雄、同じく山田利雄(両名の出資金いずれも金二万円)、山田秀雄の妻山田雪子の妹婿の桜井瀧男、山田秀雄の妹婿の黒田末次郎、従業員の一人であった田中勘市(以上三名の出資金各金一万円)の五名が有限責任社員となって、控訴会社を設立し、山田秀雄が代表社員に就任した。右出資金は、すべて同人において出捐負担し、他の者は登記簿上社員たる名義を貸与したにすぎず、主たる営業所も、従前どおり前記柳堀町一丁目七〇番地にあり、営業の実体は個人経営時と何ら変わることなく、山田秀雄が中心となって営業を継続したが、近くにある本件二の(一)(二)の建物は、控訴会社所有としたため、その結果として、控訴会社において、山田秀雄からその敷地部分を含む本件土地の転貸を受ける形態をとることとなり、右敷地以外の部分も、従来どおり桶板の乾燥場として使用され、使用状況も山田秀雄個人経営時代と何ら異なるところはなかった。なお、昭和二三年九月一四日、控訴会社における社員の出資額を変更し、山田秀雄金一八万円、山田武雄、山田利雄各金三万円、桜井瀧男、黒田末次郎、田中勘市各金二万円とし、さらに、昭和二四年四月一五日、山田武雄、山田利雄、桜井瀧男がその各出資持分全部を山田秀雄に譲渡した上退社し、山田秀雄の出資金を金二六万円としてその変更登記がなされたが、その後控訴会社は、業績不振で昭和二五年三月一八日解散し、山田秀雄が清算人になった。また、本件二の(一)(二)の建物につき、同年七月一日付で国税滞納処分による差押に基づく嘱託による控訴会社名義の保存登記がなされた。以上のとおり認めることができる。以上の事実によれば、控訴会社は、山田秀雄の個人経営当時と実体において何ら異なるところはなく、右両者は実質的に同一視して差支えなく、かつまた、本件土地の使用状況においても、何らの変更もないといえるから、山田秀雄から控訴会社への本件土地の転貸については、信頼関係を破壊するに足りる背信行為がない特段の事由があるといえる。ゆえに、控訴会社は、被控訴人に対し、賃借権を対抗し得るから、この抗弁は理由がある。
三 よって、被控訴人の再抗弁について判断する。
《証拠省略》を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。
被控訴人と山田秀雄との間になされた本件土地の賃貸借契約では、土地賃貸借契約証書(甲第一号証)が作成され、その第八条に「賃借人は賃貸人の承諾なくして賃借物の転貸または賃借権の譲渡をなすことを得ず。」、また、その第九条に「賃借人において、つぎの事項の一つに該当するときは、賃貸人は何らの通知催告の手続を要せず、直ちに本契約を解除することができる。(1)本契約に違反したとき。(2)第三者より仮差押仮処分もしくは強制執行あるいは競売の申立を受けたとき。(3)一回たりとも借賃の支払を怠ったとき。」なる趣旨の条項が規定されている。一方山田秀雄は、昭和二二年その営業の桶製造業を会社組織として控訴会社を設立し、本件二の(一)(二)の建物を控訴会社の所有とするとともに、控訴会社に本件土地全体を転貸したことは前記のとおりであり(右転貸につき、背信性のないことは前説示のとおりである。)、ついで、同人が昭和二七年三月二一日死亡し、その妻山田雪子が遺産相続して、賃借人の地位を承継取得したが、同女が昭和二七年か二八年頃被控訴人に無断で、控訴人田中の先代田中末吉に、本件三ないし七の建物の敷地を、また、控訴人酒井に、本件八の建物の敷地を、それぞれ転貸し、田中末吉が本件三ないし七の建物を、また、控訴人酒井が本件八の建物を建築して、本件二の(一)(二)の建物とともに使用している(右三ないし五、八の各建物が二の(一)(二)の建物に附合するかどうかは、後記認定のとおりである。)。そして、山田雪子においては、従前から賃料がとかく遅れがちである上、被控訴人からの賃料値上げ請求を受けたが、折り合わず、賃料の受領を拒絶されたところから、昭和四三年四月二日に、昭和四二年一一月分から昭和四三年一月分までを弁済供託したが、同年二月分以降同年五月分までの支払をしなかったので、被控訴人が前記賃貸借契約条項の趣旨に則り、同年六月二七日山田雪子に対し、前記無断転貸及び同年二月分以降の賃料不払を理由として、本件賃貸借契約を解除するむねの意思表示をし、右意思表示は同年六月二八日同人に到達した。そこで、同人において、同月二九日に同年二月分から同年六月分までの賃料を供託した。以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
以上の認定事実によれば、前記賃貸借契約証書中の無催告解除に関する特約は、特に信頼関係を破壊する程度の債務不履行があった場合にのみ無催告解除ができる趣旨のものと解するのを相当とするところ、前記のとおり、山田雪子は、被控訴人の承諾を得ることなく、本件土地の一部を田中末吉及び控訴人酒井に転貸して、それぞれ本件三ないし七及び八の各建物の建築を許容して、右敷地部分の使用収益をなさしめ(右各建物が本件二の(一)(二)の建物に附合することは後記認定のとおりであるが、建物建築の結果附合したものであるにせよ、敷地部分を使用収益させたことに変わりはない。)、かつまた、昭和四三年二月から同年五月まで四ヶ月分の賃料の支払を怠ったのであるから、信頼関係を破壊する背信性があるといわざるを得ず、被控訴人のした解除の意思表示は有効といわなければならない。控訴人酒井は、右転貸につき背信性がないと主張するが、未だその主張事実をもって背信性がないとはいえない。また、《証拠省略》中には、被控訴人が、控訴人酒井や田中末吉の増築を黙認していたとする供述部分があるが、《証拠省略》と対比して、容易に信用しがたい。また、賃料債務は取立債務であるむねを主張するが、前掲各証拠によれば、もともと持参債務であること、時に被控訴人が山田方に出向いて賃料を受領したことはあるが、それは便宜なされたものであって、これにより取立債務となったものではないことが明らかであるから、この主張も理由がない。してみると、被控訴人と山田雪子との賃貸借は、有効に解除されたといわなければならない。被控訴人の再抗弁は理由がある。
四 よって、控訴会社の再々抗弁について判断する。
控訴会社は、本件賃貸借の賃料は取立債務であって、債務不履行はないと主張するが、前認定のとおり、持参債務であること明らかであるから、この主張は理由がない。
また、控訴会社は、山田雪子において賃料を弁済供託しているから、債務不履行はないと主張するが、同人のした供託は、《証拠省略》により明らかなとおり、昭和四三年六月二九日であって、被控訴人のした解除の意思表示が到達したのは、前記のとおり右供託前の同月二八日であるから、右主張は理由がない。
また、控訴会社の山田秀雄からの転貸自体につき、背信性がないこと前説示のとおりであるが、被控訴人の山田雪子との間の賃貸借契約の解除が有効である以上、控訴会社の右背信性がないとの主張も理由がない。
また、控訴会社は、被控訴人のした賃貸借契約の解除権の行使は権利の濫用であると主張するが、これを肯認し得る証拠はないから、この主張も理由がない。
以上により、控訴会社は、被控訴人に対し、有効な賃借権を有せず、本件土地についての占有権原を有しないものといわなければならない。
五 つぎに、本件建物の所有占有関係について判断する。
(1) 控訴会社が本件二の(一)(二)の建物を所有することについては、被控訴人と控訴会社との間において争いがない。
(2) 《証拠省略》を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。
本件二の(一)(二)、三ないし八の建物の位置、隣接状況、各建物内の間取り、間仕切り等は、本判決添付別紙図面のとおりである。本件二の(一)(二)の建物は、壁で仕切られた一棟東西二戸建ての木造瓦葺平家建てであり、もともと一棟の建物として建設され、前記の如く昭和二四年七月一日付で国税滞納処分による差押に基づく嘱託による控訴会社名義の保存登記がなされている。そして、本件二の(二)建物の北側に接続して、本件八の建物が存する。控訴人酒井は、前記山田秀雄の妹で、昭和二三年頃控訴会社(山田秀雄)から本件二の(二)の建物を賃借したが、当時該部分は、玄関、板の間、六畳一間、押入、床の間から成り、入居後同控訴人において、現位置に台所と便所を作った。そして、昭和二九年か三〇年頃六畳の北側にあった濡縁部分に、四・五畳を増築すべく、従前の柱、壁、土台をそのまま利用し、これに新たに、たる木、鴨居、敷居等を接続して、現四・五畳を建増し、六畳と四・五畳の境は襖(一部壁)で仕切られ、既存の屋根の北側庇を一部切り取り、建増した四・五畳の屋根をスレート葺とした。その結果、別紙図面のとおり、玄関、板の間、六畳の和室、押入、床の間、四・五畳の和室、台所、便所からなる現況を呈する。なお、増築部分たる八の建物につき、所有権保存登記はなされていない。以上の認定事実によれば、本件八の建物は、本件二の(二)の建物に接続して建増しされ、両者が構造上、利用上一体としているものであって、本件八の建物自体独立性を欠き、両者一体として取引の対象となる状況にあると認められるから、本件八の建物は、本件二の(二)の建物に附合したものというべきである。
(3) また、前掲各証拠によれば、つぎの事実が認められる。
本件二の(一)の建物の北側に本件三の建物が接続して存在するところ、控訴人田中の先代田中末吉が、昭和二四年頃控訴会社から、本件二の(一)の建物を賃借して入居し、以後時を異にして、逐次本件三ないし七の建物を築造した。本件二の(一)と三の建物は、その間に仕切りはなく、土間二、六畳と四・五畳の各和室、押入二、床の間とから成り、本件三の建物の東側に本件四の建物が接続し、その間に仕切りはなく、四の建物は、土間、風呂場、便所とから成り、また、本件四の建物の南側(すなわち、本件二の(一)の建物の東側)に接続して、本件五の建物があり、八畳位の変形の部屋から成り、四の建物との間は壁で仕切られているので、右二の(一)の建物から出入し得る。本件三ないし五の建物は、昭和二八年頃以降田中末吉が本件二の(一)の建物の柱、土台を利用し、これに接続して逐次増築し、本件二の(一)の建物と三、五の建物の各境の柱と壁、本件三と四の建物の境の柱、本件四と五の建物の境の柱と壁は、いずれも共通であり、本件三の建物の屋根は、本件二の(一)の建物の屋根から庇を出して作り、本件五の建物の屋根は、本件二の(一)の建物の屋根とは別に、スレート葺で一段低いが、本件二の(一)の建物の東側壁面上部に接続され、本件四の建物の屋根は本件五の建物の屋根から差し降した、とたん葺となっている。なお、増築部分たる本件三ないし五の建物につき、所有権保存登記はなされていない。以上の認定事実によれば、本件三ないし五の建物は、本件二の(一)の建物に逐次増築され、構造上、利用上一体をなしており、各増築部分自体独立性を欠き、全一体として取引の対象となる状況にあると認められるから、本件三ないし五の建物もまた、本件二の(一)の建物に附合したものというべきである。
(4) 《証拠省略》によると、控訴人田中が本件三の建物、控訴人酒井が本件八の建物の各固定資産税台帳に納税義務者として登載されていることが認められるが、これをもって、未だ前記附合の判断を左右しない。
(5) してみると、本件三ないし五及び八の建物は、すべて本件二の(一)(二)の建物に付合し、これにより、控訴会社の所有に帰属したものといわなければならない。
六 以上により、控訴会社は、被控訴人に対し、本件二の(一)(二)、三ないし五及び八の建物を収去して、本件土地を明け渡す義務があり、被控訴人の控訴会社に対する二次的請求は理由があるから、認容すべきものとする。
第二 控訴人田中に対する請求について。
一 本件土地が被控訴人の所有に属すること、控訴人田中が本件二の(一)の建物を占有していること及び本件土地上に本件三ないし七の建物を建築所有していることについては、被控訴人と同控訴人との間に争いがない。
二 よって、控訴人田中の抗弁について判断する。
前記第一に説示したとおり、控訴会社に本件土地の占有権原がないから、控訴人田中(その先代の田中末吉)が控訴会社から本件二の(一)の建物を賃借し、また、本件三ないし七の建物の敷地の再転貸を受けたものとしても、同控訴人は本件土地及び本件二の(一)の建物の占有権原を有しないから、この抗弁は理由がない。
三 以上により、控訴人田中は、被控訴人に対し、本件二の(一)の建物から退去し、本件三ないし七の建物を収去し、本件土地中右各建物の敷地部分を明け渡す義務があり、被控訴人の同控訴人に対する一次的請求は理由があるから、認容すべきものとする。
第三 控訴人酒井に対する請求について
一 本件土地が被控訴人の所有に属すること、控訴人酒井が本件二の(二)の建物及び本件八の建物に居住占有していることについては、被控訴人と同控訴人との間に争いがない。
二 よって、控訴人酒井の抗弁について判断する。
控訴人酒井は、控訴会社から、本件二の(二)の建物を賃借し、また、本件八の建物(同建物が本件二の(二)の建物に附合したことは、前記第一に説示したとおりである。)をも賃借したと主張する。しかし、前記第一に説示したとおり、控訴会社に本件土地の占有権原がない以上、この抗弁は理由がない。
三 以上により、控訴人酒井は、被控訴人に対し、本件二の(二)の建物及び本件八の建物から退去し、本件土地中右各建物の敷地部分を明け渡す義務があり、被控訴人の同控訴人に対する二次的請求は理由があるから、認容すべきものとする。
第四 以上の理由により、被控訴人の本訴請求は、控訴会社及び控訴人酒井に対する二次的請求、控訴人田中に対する一次的請求につき理由があるから認容すべきものであり、控訴人三名の本件控訴はいずれも理由がないから棄却すべきであるが、当審において請求の一部拡張がなされ、前記のとおりこれを認容したから、これに伴い原判決主文を本判決主文のとおり変更するものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 高橋爽一郎 裁判官菅本宣太郎は、転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 柏木賢吉)
<以下省略>